前回は「新しい認知症観」について、紹介しました。 私はこの委員会をお引き受けしてから何度か、自分は古いかもしれないと思わされることがありました。
一つは、「予防」に対する捉え方です。 認知症施策推進大綱(2024年6月)の「基本的考え方」という章に、この大綱における用語の定義として、「予防」について次のように記載されています。 『予防とは、「認知症にならない」という意味ではなく、「認知症になるのを遅らせる」「認知症になっても進行を緩やかにする」という意味である。』(認知症施策推進大綱、3頁) これまで「予防」と言えば、虫歯にならない、脳卒中にならないというように、「その状態にはなりたくない」という潜在的な意識を、無意識のうちに持っていたように思います。「認知症予防」という言葉に対して、悲しい思いをする人がいるとはまったく思い至りませんでした。
もう一つは、「徘徊」です。 「問題行動」が使われなくなり、異食とか、ここに書くのがはばかられるような言葉を最近、見なくなりました。ただ、学生に「行動・心理症状」について定義や種類を教えるとき、いつも気がかりでした。もちろん「徘徊」を「目的もなくあちこち歩きまわる」とは決して教えていません。それは自信をもって言えるのですが、学生はそのような記述を見ることがあるだろうな、とは思うのです。
大府市は、「徘徊」に付随する「認知症の人は何もわからないので、目的なく外に出てしまう」や「認知症の人の外出は危険」という偏見を助長する可能性に鑑み、2018年の「大府市認知症に対する不安のないまちづくり推進条例」の制定を契機に、行政内部では「徘徊」を使わないことにしたとホームページで紹介しています。代わりに「ひとり歩き」を使っているそうです。
また、「認知症の人と家族の会」は2024年12月に緊急要望書「認知症の人が自由に安心して外出できる取組や対策の充実を」を厚生労働大臣と警察庁長官に提出しました。これは、毎年、少なくない行方不明の方が出ている現状に対して、SOSネットワーク等の取組状況の地域差の是正や、広域を移動する可能性に対応した都道府県・市区町村の境界を越えたネットワークのシームレス化など、他者を気遣い、見守るやさしい地域づくりの推進を要望するものです。その中で、「徘徊に代わる適切な用語を用いる」ことも求めています。
私たちは一度、「痴呆」が「認知症」に替わる体験をしました。自分が見ているもの、使っている言葉が、認知症の人を傷つけていたことを知りました。「新しい認知症観」は、認知症の人の痛みに気づくアンテナを高く掲げ、自身の認知症観に疑問を持ち続けることによって培われるように思います。
北川 公子(プロジェクト委員会委員長、共立女子大学)