この企画は,本学会会員の皆様の看護実践や研究活動等に役立つと思われる国際誌掲載論文を紹介することを目的としています.高齢者の生活施設で勤務する看護師の団体であるAmerican Assisted Living Nurses Associationと老年看護の高度実践看護師の団体であるGerontological Advanced Practice Nurses Associationの公式雑誌であるGeriatric Nursing誌から1回につき3つの論文のタイトルと要旨を翻訳しご紹介します.ご紹介する論文はGeriatric
Nursing誌の最新巻から,文化が類似していて,日本の実践・研究に参考にしやすいと思われる東アジア圏(日本,中国,韓国,台湾等)の著者の論文を主に選定します.
今後,2か月に1回程度ご紹介する予定です.会員の皆様に興味を持っていただけそうな論文を選んで紹介させていただきます.関心のあるテーマなどございましたら,お知らせください.
日本老年看護学会国際交流委員会
Catarina Simões, Rui Carneiro, Abílio Cardoso Teixeira. (2025).
High specificity clinical signs of impending death: A scoping review
死が迫っていることを示す、特異度の高い臨床徴候:スコーピングレビュー
International Journal of Nursing Studies, 2025 April; 164: 105015.
URL:
https://doi.org/10.1016/j.ijnurstu.2025.105015
本研究は、死期切迫の診断において高い特異度を持つ臨床徴候に関するエビデンスを整理・記述することを目的とし、18歳以上のがんおよび非がんの入院患者を対象としたスコーピングレビューである。Joanna Briggs Instituteの方法論に基づき、MEDLINE、CINAHL、WEB OF SCIENCE、Cochrane Databaseなどの主要データベースに加え、OpenGreyやDART-Europeなどの灰色文献データベースも用いて網羅的な検索を実施した。最終的に15件の研究が抽出され、これらの多くは前向き観察研究であり、大半ががん患者を対象としていた。死期切迫に関連する臨床徴候の中でも、「下顎呼吸」はがん・非がんを問わず高頻度で認められる特徴的徴候であることが明らかとなった。がん患者においては、橈骨動脈の脈拍消失、死前喘鳴、尿量減少、意識レベルの低下、反応性の消失など、17の徴候が高い特異度(95%以上)を示した。一方、非がん患者に関するエビデンスは乏しく、死期を特定するための予測モデルの正確性も限定的であることが確認された。これらの臨床徴候は、ケア目標の調整や家族支援に役立つ可能性があるが、医療者の臨床判断を代替するものではなく、さらなる研究が必要である。
本研究は、死の直前期に現れる臨床徴候のうち、特異度の高いものを明確化した点で、実践的に有用な知見を提供しています。なかでも「下顎呼吸」は、がん・非がんを問わず死の直前に出現する、信頼性の高いサインの一つと考えられます。こうした徴候の明確化は、看護師や医師がチームとして死期を的確に認識し、速やかにケア目標を再考するための重要な指標となります。また、家族が死を迎える準備を整えるうえでも不可欠な情報でしょう。高齢者の看取りケアにおいても、本研究の知見は重要です。特に多疾患併存や予後予測の困難さがある高齢患者において、臨床徴候に基づく判断を支えるエビデンスとしての活用が期待されます。今後は、非がん疾患を含む多様な病態やケア環境におけるエビデンスのさらなる蓄積と検証が求められます。
Joanna Hope, Chiara Dall'Ora, Oliver Redfern, Julie L. Darbyshire, Peter Griffiths. (2025).
Why vital signs observations are delayed and interrupted on acute hospital wards: A multisite observational study
急性期病棟におけるバイタルサイン観察の遅延と中断の要因:多施設観察研究
International Journal of Nursing Studies, 2025 April; 164: 105018.
URL:
https://doi.org/10.1016/j.ijnurstu.2025.105018
本研究は、急性期病棟においてバイタルサイン観察が予定通りに実施されない要因を明らかにすることを目的に、英国南部の4病院16病棟を対象とし、2021年4月から10月にかけて非参与観察を実施したものである。合計715件のバイタルサイン観察と1127件の中断事象が記録され、質的内容分析によって分析が行われた。中断や遅延の要因として、①食事・投薬・回診など時間が固定された業務が優先されること、②スタッフの手薄さ、③他のケアと同時に実施されるバンドルケア、④近くで偶発的に発生したケアへの対応が優先されること、⑤他職種との協働ケアに時間を合わせる必要があること、⑥患者が不在・活動中・会話中などで観察ができない状況であること、⑦緊急度の高い処置への対応、⑧業務の優先順位づけの不明確さ、の8つが抽出された。著者らはこれらの要因を「時間的地位(temporal status)」という概念で整理し、バイタルサイン観察が柔軟に変更可能なケアとみなされていることから、優先度の高い活動に後回しにされやすいことを指摘している。この新たな枠組みは、従来の「中断=有害/有益」といった二分的な理解を超えて、看護実践におけるリアルタイムな意思決定の複雑さを明らかにしている。
本研究は、急性期病棟におけるバイタルサイン観察の遅延や中断がどのように発生するのかを、現場の実態に即して多角的に明らかにしています。特に「時間的地位」という概念を用いて、看護実践におけるケアの優先順位づけの複雑さを示した点は、日々の実践を見直す上で有用です。高齢者は全身状態の変化が見逃されやすく、バイタルサイン観察は変化を捉えるために不可欠です。しかし、他のケアや業務の影響で後回しになることも少なくありません。本研究の知見は、観察の優先順位を見直すとともに、その重要性を再認識するきっかけとなります。さらに、スタッフ配置や業務設計、チーム連携を検討するうえでの具体的な手がかりにもなり得るでしょう。
Maki Tei-Tominaga, Ph.D., Miharu Nakanishi, Ph.D., Masae Tanaka, M.S. (2025).
Development and effectiveness of an educational program to foster psychological safety: A randomized controlled trial focusing on care workers in geriatric care facilities
心理的安全性を育む教育プログラムの開発と有効性:高齢者ケア施設のケアワーカーに焦点を当てたランダム化比較試験
Geriatric Nursing, 2025 January–February; 61: 162–168.
URL:
https://doi.org/10.1016/j.gerinurse.2024.10.065
本研究の目的は、高齢者ケア施設のケアワーカーにおける心理的安全性を育むための対人関係改善プログラムの効果を検証することである。日本国内7つの高齢者ケア施設で勤務するケアワーカー192名を対象に、ランダム化比較試験を実施した。参加者は介入群と対照群に分けられ、介入群は60分間の教育プログラム(講義、事例ビデオ視聴、小グループディスカッション)を2回受講した。参加者は、心理的安全性、職場環境、離職意向に関する質問紙を6か月間で3回回答し、線形重回帰分析を用いて分析した。結果、介入群では心理的安全性の得点が有意に上昇(p<.05)し、「排他的職場風土」の得点は低下(p<.10)した。しかし、2か月後のフォローアップでは有意差は消失した。教育プログラムは短期的には心理的安全性を高めたが、その効果を持続させるためには、さらなる工夫や継続的な職場での取り組みが必要であることが示唆された。
高齢者ケア施設では、職場内の人間関係が離職意向の大きな要因となっています。本研究は、こうした課題に対し、心理的安全性の概念に基づいた教育的アプローチを用いて、ケアワーカー間の関係性の改善を図ろうとした点で注目されます。心理的安全性は、組織内での信頼関係や率直な意見交換を促進し、結果として離職意向の低減やケアの質の向上につながる要素とされています。本研究で用いられた事例ビデオを用いたディスカッション形式のプログラムは、参加者が安心して意見を述べる経験を通じて、心理的安全性を実感できる内容となっていました。短期的な効果が認められた一方で、継続的な効果を維持するためには、組織文化やリーダーシップへの働きかけも含めた、包括的な取り組みが求められます。